略歴
ミラノのヴェルディ音楽院でルカ・ロンバルディ、ニッコロ・カスティリオーニ、アツィオ・コルギほかに師事。IRCAMやBOSWILほかのコースでも学んでいる。在学中より頭角を現し、ヴィオッティ国際音楽コンクール、ペトラッシ国際作曲コンクール、ボスヴィル国際作曲セミナー、NEM国際現代音楽フォーラムで次々と入賞、優勝し、イタリア国内の地位を30歳前後で確立した俊英。現在はパリ音楽院の作曲の教授を、エマニュエル・ヌネスの後任として務めている。 作品はイタリアのみならず日本を含む15カ国ほどに紹介され、すでに中堅国際作曲家としての地位が確立している。
作風
すばやく駆け巡る音価と、そうではないたゆたう音価のコントラストに特殊奏法で装飾してゆくメチエをデビュー時より崩していない。初期には目立たなかった書き込みも、90年代中葉から極限まで増え始める。イン・ノミネ・Rはその典型例。近年は激しさを抑えたメロディカル作風に変わりつつあるが、基本線はそのまま。結果的に、1990年代の特殊奏法の流行の一翼を担うことになったのは、彼の功績がかなり大きい。フライブルク電子音楽スタジオとのコラボレーションが有名だが、作品にエレクトロニクスを含むものはさほど多くない。サンバルアンティークのダンプ奏法をFFFで反復するなどの、耳に痛い特殊奏法と鋭い音色が聴きもの。海外で学んだ経験、特にフランスからの影響を反映した構築美が、どこの国とも相性がよい。 フランスの楽派を意識する日本で好意的に受け入れられているのも、それゆえとみられる。